大判例

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大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)894号 判決

控訴人

大東和彦

右訴訟代理人

辻公雄

竹川秀夫

被控訴人

吉本興産株式会社

右代表者

木本登

右訴訟代理人

井上隆晴

青本悦男

主文

原判決中控訴人に関する部分を取り消す。

被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。

訴訟費用中当審において生じた分及び原審において控訴人と被控訴人との間に生じた分は被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決中、控訴人に関する部分を取消す。被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、左のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実摘示中、控訴人に関する部分の記載と同じであるからこれを引用する。

(一)1ないし7〈省略〉

8 原判決三枚目表五、六行目に「原告主張のような契約が成立したとしても、公序良俗に反して無効である。」とあるのを「原告主張のような契約が成立したとしても、右契約は、本件物件の『もりをする』すなわち第三者が本件物件について入札の申出をすることを強制的に排除したり談合により入札者を決めるような内容の契約であつて右のような契約を有効とすることは裁判所自ら違法な法秩序を助長するものであり、公序良俗に反し無効である。」と改める。

(二)  新証拠関係〈省略〉

理由

一〈証拠〉によれば、被控訴人が、債権者播州信用金庫、債務者株式会社濱田鉄工所、所有者濱田サヨ子外二名間の神戸地方裁判所昭和五三年(ケ)第二〇〇号不動産競売事件について、昭和五四年一二月一二日、同裁判所において本件不動産(原判決添付別紙物件目録記載の土地建物)につき金二七八〇万円で入札の申出をなして最高価入札人となり、同日入札保証金として金二七八万円を同裁判所執行官に預けたが、右競売事件についての昭和五五年二月一五日午前一〇時の代金支払期日に競落代金の支払いを履行しなかつたので、右入札保証金二七八万円が返還されなくなつたこと、右競売事件の昭和五四年四月一一日の第一回の入札期日以後の各期日の最低入札価額、入札者の氏名、入札価額等は別紙の表に記載のとおりであること、がそれぞれ認められ、右認定を左右する証拠はない。しかして、本件不動産は控訴人とその妻瑞代が居住する建物とその敷地であること、別紙の表の昭和五六年五月二七日の入札期日には控訴人の妻の大東瑞代が控訴人を代理人として本件不動産につき金一九六七万四八〇〇円で入札の申出をなし、その代金を支払期日に支払つて本件不動産の所有権を取得したことは、当事者間に争いがない。

なお右昭和五六年五月二七日の入札期日に大東瑞代が出頭せず、控訴人も瑞代の委任状など代理権を証する書面を提出せず、右の入札期日の入札払調書には控訴人じしんが大東瑞代の署名と捺印をなし、同年六月二日の競落期日に神戸地方裁判所が競落許可決定の言渡しをなしたところ、右決定に対し他の入札人である日本金融株式会社(同会社は被控訴人会社と所在地を同じくし、木本一馬の義弟の吉田勝を代表者とする被控訴人会社の関連会社であることは、〈証拠〉によりこれを認めることができる。)が、代理権のない者の入札であることを理由に即時抗告を申立て、同年九月一四日大阪高等裁判所が昭和五六年(ラ)第二六一号事件として審理し瑞代において控訴人の入札の申出を追認したものと認めたうえ抗告棄却の決定をなした経緯が存することは、当裁判所に顕著な事実である。

二(一)  ところで被控訴人は、控訴人が被控訴人の返還をうけられなかつた入札保証金二七八万円を負担してこれを支払う旨約したと主張し、控訴人がこれを争うので以下判断するに、〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

被控訴人及びその実質的経営者である木本一馬は不動産売買を業とし、いわゆる競売ブローカーとして裁判所の競売場に出入りすることを常としている者であるが、控訴人の実父大東健治も木本一馬と同様に裁判所の競売場に出入りすることを常とするいわゆる競売ブローカーであり、昭和三五年頃から右両名は面識があり、控訴人も大東健治の使いの用などを通じて右木本一馬とも面識があつた。

本件不動産は昭和五二、三年ころから控訴人及びその妻大東瑞代が居住しているものであるが、濱田サヨ子外二名の共有にかかる本件不動産に控訴人らが居住するにいたつたのは次のような経緯によるものである。すなわち、本件不動産には濱田某に対する債権者であるという柴田信弥を権利者とする昭和五一年六月一日設定の借賃一月金二万五、〇〇〇円、支払期毎月末日、存続期間一〇年、特約譲渡転貸ができる旨の昭和五一年七月一六日神戸地方法務局受付第一六三三〇号の賃借権設定仮登記が存するところ、控訴人の父大東健治が右柴田信弥から昭和五三年三月一日右賃借権を譲り受けたとして昭和五三年五月二六日神戸地方法務局受付第一四三三二号による賃借権移転の仮登記を了し、そのころから大東健治が控訴人らを本件不動産に居住占有させるにいたつた。

昭和五四年一二月一二日の入札期日に被控訴人は二七八〇万円で入札の申出をなし、最高価入札人として呼上げを受け、その翌日の同月一三日に被控訴人会社の木本一馬が控訴人方を訪れ、控訴人に対し本件不動産を買受けるよう求めたが、その際木本一馬は大東健治の息子としてかねてより控訴人とも面識があつたところから、買受価額を被控訴人の入札価額の金二七八〇万円でよいと切り出した。しかし控訴人において金の工面がすぐには出来ないこともあつて、控訴人としては入札期日を繰り返えして最低入札価額を二、〇〇〇万円位まで低減したうえで入札したいと申入れ、これに対し木本一馬は、入札保証金の二七八万円を控訴人において負担するのであれば応ずると述べ、控訴人の申入れを了承し、控訴人も右二七八万円の入札保証金を負担することを約した。そこで被控訴人はその翌日の一二月一四日に常務会において控訴人との右の約定について承認を受け、昭和五五年二月一五日午前一〇時の代金支払期日に右競落代金の支払いを履行しなかつた。

(二)(1)  右の認定に反し、〈証拠〉には、控訴人は昭和五四年一二月一三日に被控訴人会社の木本一馬の訪問を受け、被控訴人が本件不動産よりも経済的価値の高い近隣の大東常三郎所有の不動産と間違えて本件不動産を競落してしまつたので、本件不動産を入札価格の二七八〇万円で買つて欲しいと頼まれたが、価額が高すぎるのでこれを断つたものであつて、被控訴人主張の如き二七八万円を負担することなど約束していないし、その後、妻の実家で金を工面したうえ昭和五六年五月二七日の入札期日に妻の大東瑞代名義で競落したものである、とする部分が存する。

しかし不動産売買の専門業者は、競売物件の占有状況等については格段の関心を有するものであり、右占有状況等について入札期日の公告や執行記録の閲覧さらには不動産所在地に臨んでの調査などなすのが通常とみるべきところ、本件不動産の登記簿謄本には大東健治名義の賃借権の仮登記の存することが執行記録の閲覧により知りうる状況にあることのほか、他の物件と間違えて入札の申出をなしたことを否定し、被控訴人会社の担当者において控訴人が本件不動産に居住し占有していることを調査確認のうえ入札の申出をしたものであると述べる原審証人高野保の証言に照して、右〈証拠〉はいずれも措信できず、その他控訴人提出の乙号証をもつてしても右認定を左右するに足りない。

(2)  さらに本件契約について書面が作成されていないことや、昭和五六年五月二七日の入札期日に被控訴人の関連会社たる日本金融株式会社が入札の申出をなしたことも右認定の妨げとなるものではない。

右関連会社による入札の申出をなしたことについて、大東瑞代の入札の申出に委任状がなく無効になることを危惧したためであるとする原審証人高野保の証言は、大東瑞代に対する競落許可決定に対し日本金融株式会社が即時抗告を申立てた前記当裁判所に顕著な事実に照して必ずしも措信できないが、かかる関連会社による入札の申出は、約束の履行に不安をもつたことに基因する被控訴人のいやがらせによるものか、あるいは控訴人に対しいつそう強い立場で約束の履行を迫るためのものとみるのが相当である。

その他前記(一)の認定を左右する証拠はない。

(三)  以上の事実によれば、控訴人と被控訴人は、昭和五四年一二月一三日、控訴人が現に居住し被控訴人がその前日に入札の申出をなした本件不動産について入札期日を何回か繰り返えしたうえ最低入札価額が二、〇〇〇万円前後に低減したころに控訴人ないしその関係者が競落し、競落できた際には被控訴人の入札保証金二七八万円を負担することを内容とする本件約定をなしたものと認めることができる。

三次に控訴人は、右契約はいわゆる「もりをする」ことと不可分の一体をなした契約であるから公序良俗に反して無効であると抗争するので、以下検討する。

(一)  先ず控訴人と被控訴人間の本件約定に際して、いわゆる「もりをする」すなわち控訴人、被控訴人以外の者が本件不動産につき入札の申出をすることを遠慮させることを内容とする契約が存したかどうかについて、原審証人木本一馬、同高野保の証言は必ずしも直接このような内容の約束が存したことを認めているものではないが、本件契約は入札期日を繰り返えしたうえ控訴人が入札することを目的とするものであつて、その間の第三者の入札申出を排除する必要があつたと解されること、被控訴人が競売ブローカーとして裁判所の入札場への出入りを常とするものであつて、入札場に出入りする他の業者とも広く面識があるとみることができるほか、原審における控訴人本人の尋問の結果によれば、被控訴人会社の高野保が社長から「もりをする」ように命ぜられた旨を述べていることが認められること、原審証人木本一馬の証言にも、知り合いの業者に入札の申出を遠慮してもらう場合があり、業者の間では「もりをする」といつている旨を述べ、一般論としてではあるが競売ブローカーの間でかかる話し合いのなされることを否定していないこと、昭和五四年一二月一二日の入札期日の後の入札期日に、被控訴人会社の関係者と控訴人が欠かさず出頭していたこと(入札期日に入札場に行かなかつたこともあると述べる原審における控訴人本人の尋問の結果は措信しない)、さらには別紙の表により認められるとおり被控訴人が入札した昭和五四年一二月一二日の後の入札期日に控訴人、被控訴人以外の者が入札の申出をしていないこと、(このことは控訴人、被控訴人が本件約定をなすにあたつて、被控訴人において他の競売ブローカー等に対し本件不動産に入札の申出を遠慮させることを約し、且つ右約旨に従つた動きがあつたことの傍証となりうるものである。)、等の各事実を綜合すれば本件約定に際して、控訴人のいわゆる「もりをする」契約がこれと不可分の一体として成立したと推認することができる。

(二)  以上を総括すれば、控訴人、被控訴人間には、昭和五四年一二月一三日、本件不動産についてその最低入札価額の低減をみたうえで控訴人ないしその関係者が競落するものとし、控訴人が後日の競落許可を受けることを停止条件として金二七八万円を支払うことを内容とする本件契約を締結するとともにこれと不可分の一体としての控訴人のいわゆる「もりをする」契約が成立したものと認めるのが相当である。

(三)  そこで右のいわゆる「もりをする」契約の公序良俗違反性について案ずるに、被控訴人が本件契約に基づき控訴人に対して求める契約金の請求は、控訴人が後日の入札の申出をなすにあたつて、被控訴人が――関連会社など被控訴人以外の名義により(昭和五四年法律第四号による改正前の民事訴訟法六八八条五項参照)――さらに入札の申出をしないことにより控訴人をして最高価入札人たらしめ、その代償として控訴人が被控訴人に対し二七八万円の入札保証金相当額を支払うことの約定に基づく請求であつて、談合による代償の履行を求めるものというべく、入札払制度が多数の入札申出人をして自由に高価の申出をさせ入札にかかる物件について可及的高価の換価を得て債権の弁済を得せしめんとする競争入札制度の本旨(なお刑法九六条の三第二項参照)にもとるものというべきである。のみならず、前記認定の事実によれば、本件契約は、控訴人が入札期日を何回か空転させて最低入札価額の低減をみたうえで入札の申出をなすこととし、控訴人に本件不動産を安価に競落させるために入札期日を空転させるにあたつて被控訴人において他の業者らに働きかけていわゆる「もりをする」すなわち他の業者らに本件不動産につき入札の申出を遠慮させることを不可分の一体とする内容のものであつて、このような本件契約は、自由公正であるべき入札払制度を害することの甚だしい事項を内容とする不法なものであり、事の性質上他の第三者の入札申出を遠慮させた事実の具体的な詳細は明らかではないが、その点を問うまでもなく民法九〇条にいう公の秩序善良の風俗に反する事項を目的とする無効の契約というべきである。

もつとも控訴人側においてもかかる不法な内容の契約を締結するについて窮迫、軽率または無経験というような事情が存するものとは認め難いことは前記認定の事実に照して明らかなところであつて、控訴人側における不法性も否定できないところであるけれども、本件契約による入札保証金相当額の負担を求める被控訴人の不法性に比すれば、控訴人側の右のような不法性も本件契約を公序良俗違反と断ずべきことのなんらの妨げとなるものではない。

したがつて、被控訴人は控訴人に対し、本件契約に基づく契約金の支払いを求めるに由ないものというべきである。

四以上の次第であるから、被控訴人の控訴人に対する本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却するべきである。

よつて被控訴人の控訴人に対する請求を全部認容した原判決はこれを取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(今富滋 西池季彦 亀岡幹雄)

(別紙)

入札期日

(昭和年月日)

最低入札価額(円)

入札者

入札価額(円)

備考

五四・四・一一

二六七〇万八、〇〇〇

総合商事株式会社

二六八〇万

五四・九・一九

二六七〇万八、〇〇〇

なし

五四・一二・一二

二四〇三万八、〇〇〇

吉本興産株式会社

二七八〇万

五五・四・一六

二四〇三万八、〇〇〇

なし

五五・一〇・二二

二一六三万五、〇〇〇

大東和彦

二一七四万三、〇〇〇

入札保証金の

不足で無効

五六・二・四

二一六三万五、〇〇〇

なし

五六・五・二七

一九四八万

大東瑞代

一九六七万四、八〇〇

最高価入札人

日本金融株式会社

一九五二万

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